Iさんからの手紙5

2/8(水)

ハガキがたくさんあるので出します。手紙を出せない山城さん、おそらく手紙などあまり書かないSさんに代わっての拘置所だよりです。

連日のように抗議に来られる皆さんの声はよく届いています。返事ができないもどかしさはありますが、特に低音が魅力!の悟さん、城間さんらの声ははっきり聞こえ励まされています。さっきは高里さんの美声も!聞こえましたね。

狭い世界で生きているため、ややもすれば内向的でペシミスティックな気分に陥り易いのですが、差し入れてくれた本に勇気づけられ、励まされ、自分を客観視しつつ一日一日を送っています。
名護署のハンストで減らした14キロも10キロリバウンドー!元の体型に戻りつつあります。タバコも酒も飲めず、14キロもスリムになった時の方が健康的だったなと思え、何か損したような気持ちでいます。

2/12(日)
また部屋を移された。傷んだ部屋を修繕中で順次こうなるのだという。前の部屋との少しの違いが気になる。畳二畳に便器、洗面台で一畳、もう一畳は前は畳だったが、今度は板張り。その分狭く感じる。そこに布団、小さなテーブル、たまった本約100冊。私物用入れのスーツケースなどがあるから、整とんを心掛けないと足の踏み場もなくなる。20代の時の下宿がこんなんだったなと思い出す。一番気になる部屋の明るさ(本を読むため)だが、外の光が入りにくいのか、少し暗くなったようだ。
夕方、ラジオから流れてくる歌は60年代、70年代のものが多い。しかし、その時代、復帰前の沖縄にこんな歌が流行ったのかとも思う。同じ団塊世代でも、沖縄と本土では青春ソングの受けとめ方はだいぶ違うのではないか。学生運動が鎮圧された本土と復帰運動が佳境を迎えていた70年頃は染み入る音色と受け止める心持ちに差があったはずだ。
また懐かしい曲が流れてきた。〝いちご白書をもう一度〝。この歌が巷に流れていた頃は何を考えていたのだろう。学生時代のような部屋で、学生時代の歌にしんみりしています。

ゲート前座り込み青年団の皆さん。
全国から激励のハガキが毎日のように届いています。宛名が山城さんと連名のため、ボクに届けられますが、ハガキすら渡さない地裁の仕打ちに心底腹立っています。
また部屋を移され、最初と同じになり50mほど奥になったようですが、抗議の声はまだ聞こえます。
毎日2組で週5回、これまで100人超の面会者が来てくれ、拘置所ではおそらく最も手間のかかる収容者で刑務員も驚いている様子ですが、それだけこれまでになかった異常なケースだと言えると思います。市民運動、平和運動でこれほど長く勾留されたことがかつてあっただろうか。その当事者のひとりとして気恥ずかしいような、誇り高いような複雑な心境ですが、抗う運動のうねりは日々実感しています。

いい本がたくさん差し入れられ、退屈はしていませんが、時に狭い窓から見える青空に、ああビールが飲みたい、広い景色を眺めたいとしみじみ思っているところです。皆さん、頑張りましょう。

2/15 85日目

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